面白い小芝居の動画

原丈人という外資をバックにしたITペテン師が、
後進国の経済成長のドタバタに乗じて金儲けしてきました、という話ですよね、これ。
高画質版スカイプを談合で売りつけた後は怪しげな健康食品って・・・

http://video.google.com/videoplay?docid=-4614069076633323828

彼みたいなスタンスで日本人が海外進出なんて言っているから、
日本は世界のNo.1から滑り落ちて、先行きが不安な現在なんだってことが、
彼らは本当に分かっていないようです。
わかっているような顔してうなずいている大学生のアホ面には、
ちょっと心配にもなってくるなあ。

この人とかに感じるイヤな感じは、VCという立場上、まず「お金」ありきの商売なんだろうと予想できます。
ここで言う「お金」と言っているのは、いつも僕らがなんとかせねばーと言っている奴ではなさそうです。
VCであるが故、そしてTV中継システムとかクロレラとか。要するにお金儲けの「手段」に必然性が無い事です。
しかも日本発なんて言っておきながら、あの人のビジネスでは日本人は儲からないしくみになってそうだなあと。


ティムオライリー

いまさらながら、毎日jpスタートの時のティムオライリーのインタビュー

11f83ad6.jpgWEB 2.0は「モノ」ではなく、市場の段階を表す概念だ。パ ソコンのOSにたとえるなら、WEB 2.0は、まだ(92年に発売された)Windows 3.1の時代にあるといえるだろう。まだ先は長く、数多くの発展や革新、市場の大転換が待ち構えている。マイクロソフトが今日のような勝者になれたかどう かは、発足時には誰も分からなかった。産業が成熟期を迎えれば、今後5年以内にはウェブの世界の風景は大きく変わるだろう。

ウェブとインターネットはあらゆる潜在力を持っており、WEB 2.0はネットバブルから脱却して成長した。しかし、(バブルで)人々は方向性を間違えた。ウェブをテレビのような単なる広告手段としてしか扱わず、それ は単なる見た目に過ぎなかった。これは間違ったモデルであり、ネットワークの応用がもたらす利益を理解していなかった。

ネットバブルがはじけた時は、どの会社がネットワークを「プラットフォーム」だときちんと理解していたのかを 見分けやすかった。これがWEB 2.0の本当の始まりだった。なぜアマゾンやヤフー、eBayは生き残り、多くの会社は生き残れなかったのか。成功者はインターネットユーザーに付加価値 を提供することで得られる利益についてきちんと理解しており、単に「ページビューを稼いで、広告でもうけよう」とは考えなかったからだ。

私たちは、WEB 2.0の後の革新を予見する前に、まず「WEB 2.0とは何か」ということをきちんと理解しなければならない。多くの人は、WEB 2.0とは様々なアプリケーションの集合体、あるいはBLOGやSNS、User Generated Contentsなどのことだと考えている。しかし、私はもっと広い意味でとらえる。ウェブ上で動作する様々なアプリケーションを束ねた“靭帯”として、「『集団知』をけん引すること」だと思う。

ネットワーク上にいる時は常に、有意義な新しい関係が生み出されている。誰かが別のページにリンクを張ったり、SNSで誰かが「君は僕の友達だよ」と言ったり、ショッピングサイトでは誰かが商品を購入する。これはすなわち、システムに新しい価値が付加されているということだ。WEB 2.0は、こうした価値を取り入れ、便利なサービスに変換する。グーグルが最も分かりやすい例だ。彼らはこの価値を取り入れ、より良い検索結果が得られるようにした。

これらは、データベースを作るために利用者が情報をシステムに提供し、そして出来上がったデータベースは、極めて貴重なものになる。将来を考える時、私 は、隠された価値を持つ「宝庫」はどこにあるのかを考える。今はまだ銀行やクレジットカード会社のオフィスの裏でカギを掛けられている、全く新しいアプリ ケーションの山が、利用者が使える形のアプリケーションになって行くだろう。

私は、WEB 2.0の未来は多くの場合、データベースの奥に隠れている価値の蓄積を見つけ出し、利用者が使えるサービスに変えて行くことだろうと思う。重ねて言うが、データをいかに解錠して利用者サービスにつなげていくかを学ぶことだ。データはどんどん自動的に生成されるようになってきている。大きな未来がこの先にあると思う。

米国でネットバブルが崩壊した00年当時、多くの人が「Internetの存在意義は薄れる」との見方を示したが、私はそれを否定した。ずっと考えてきたのは、深く、長期的なトレンドのことだった。いくつかのことが将来の形についてヒントを与えてくれた。その一つは、Opensouce SoftwareやOpen Standardの台頭だ。

パソコンが世に出た時にハードウエア業界で起きたことと同様、ソフトウエア業界で何が起きていたのか、よく考えた。パソコンは新しいビジネスモデルだっ た。誰かがパソコンの仕様書を作れば、誰でも同じものをつくることが出来た。これも、いわば「Opensouce Hardware」といえる。今日でいうOpen Standardとは異なるが、一つの売り主によって支配されていたものへの対立軸だった。その結果どうなったかといえば、ハードウエアの価値は失われ、 価値はソフトウエアに移っていった。

Opensouce Softwareがウェブに登場した時、似たようなことが起きているのではないかと感じた。Opensouce Softwareは卓越したSoftware理論だった。Opensouce Softwareアは、Software自体を売ることで収益を上げるのは困難になるが、ソフトの価値が失われるわけではない。価値はどこか別の場所へ移る。では一体、どこに行くのか。私はOpensouce SoftwareがどのようにWeb Application現象と新しいコンピューティング理論を導き、この卓越さをもたらしたのかを考えた。ウェブの価値を高める新しい何かが起きていると考えた。

もう一つ大きかったことは、ウェブをプラットフォームとして扱うアプリケーションが出始めたことだ。私の会社の編集者の1人が、「これは著作権や音楽がどうこうという話ではない。ネットワークについて、ちょっと違った見方をした時に何が出来るのかという話だ」と指摘した。インターネット時代に育った人々は「なぜ、何もかも1カ所に集中しなければならないのか」と考える。彼らはインターネットをフルに使い始め、これがP2P革命の核心だった。

ウェブサービスの分野についても同じだった。人々は、ネットワークの力をどう使うか模索し始めた。ネットワークの力とは何か、私は真剣に考えた。ネット ワーク利用で使える新しいアプリケーションと連携し、何がネットワーク・アプリケーションをより良く、力強いものにしていくのか。ネットワーク・アプリ ケーションの流行が起き、この動きは決して止まらないだろうということを信じるかどうかという問題だった。

みな忘れているが、10年前のパソコン革命の動きはすべてハードウエアに関わるものだった。多くのメーカーがパソコンを製造していた。しかし、数社を除い てビジネスから撤退した。80年代半ばを振り返ると、パソコン産業は終わったわけではなく、始まりに過ぎなかったのだということに気づいた。最初の段階で は誰もがチャンスに飛びつき、そのチャンスをよく理解しないままビジネスを立ち上げるというのはよくあることだ。しかし、彼らは間違っていた。チャンスの意味を理解していなかった会社が消えていったことで視界が明瞭になり、本当にチャンスを理解している会社だけが、がれきの中から立ち上がった。そして、人々は何がそうした会社を成功に導いたのかを、もっと鮮明に理解するようになった。

楽譜が音楽をシェアする手段だった時代には、人々は楽譜を買ってピアノを弾いた。ところが、音楽が録音出来るようになると、人々は楽器を弾くのをやめた。 そして、楽譜の市場は縮小していった。音楽業界は確かに大きく変わるだろう。頭の良い音楽家はユーザーのために何をなすべきか理解するだろう。どんな道具 を使うかより、どんな仕事をするのかについて考えなければならない。混乱はあるだろう。新しいメディアには、初期段階では古いモデルほど資金もなく、ビジ ネスモデルの過渡期には谷間もあるものだ。その過渡期を乗り切り、生き残るために戦わなければならない。「生態系」は成長するのだ。

世界は変わる。もちろん、悪者はいる。常に問題もある。子供のころ、母親に「ボウリング場には麻薬の売人がいるから近づいてはいけない」と言われたことがあった。しかし、ボウリング場と麻薬の売人の固有の連携があるわけではない。

私はウェブの将来について極めて楽観的だ。

ティム・オライリー
1954年6月6日、アイルランド南部コーク生まれ。技術系書籍販売、オンライン出版などを手がけるオライリーメディア社の創設者であり最高経営責任者 (CEO)。04年に「WEB2.0」の概念を提唱し、この概念はグーグルなどWEB2.0企業の急成長と歩調を合わせて世界中に広がった。フリーソフト ウエアとオープンソース運動の推進者としても知られる。